2019年07月03日

傾聴

傾聴とは

傾聴という言葉がある。この言葉の意味は「(耳を傾けて)熱心にきくこと。」だそうだ。ただ、最近、特に感じていることがある。それは、言葉の限界である。傾聴とは、相手が発した言葉ひとつひとつを拾うだけではないということだ。
 

言語能力

自分が思っていることを過不足なく、よどみなく、表現できる人のほうが少ないと思う。特に、私は表現力が乏しいので、自分が思っていることの微妙なニュアンスを言葉にできずもどかしく思うことが多々ある。それを埋めるためにいろんな例え話をしたり、言葉を変えたりして必死になるのだが、大して重要でもない言葉も増えてしまい、聞く側が混乱している気がする。結果、本当に伝えたい事柄から遠のいてしまうことすらある。
 

言葉には限界がある

希望や理想などの感情を言語化することは難しい。言語能力には個人差もあるし、そもそも言葉には限界がある。だから、相手の言葉を拾うだけでは、必ず、情報不足や錯覚があるはずだ。
 

言葉を聞くのではなく、その言葉で「何を伝えようとしているか」を把握する

だから、言葉そのものではなく、相手がその言葉で、何を伝えようとしているのか、それを熱心に取材することが傾聴なのだと思う。フムフムと相手が言っていることを聞き、メモして、それを復唱するのが傾聴ではない。それは熱心ではない。何に熱心になるかと言えば「相手の希望に思いをはせる」ことだ。
 
その結果、もしかしたら間違った把握をしてしまうかもしれない。でも、それは仕方がない。ちゃんと「相手の希望に思いをはせる」を続ければ、経験の中で精度が上がっていくから大丈夫。反対に、「言われたことをカタチにしました」の連続では、なんら成長もできない。
 

「言われたことをカタチにしました」は不快にすら感じる

営業さんという職業は、お客様と直接お話をして、希望を聞き、言葉の中から感じるベクトルを見出して、お客様が言葉にしきれない想いを提案することが仕事だ。「言われたことをカタチにしました」だけでは、お客様に感動や発見を与えられないから、営業のプロとは言えない。
 
それどころか、お客様も自分の希望を言語化できずにもどかしく思っているので、「言われたことをカタチにしたじゃん」的な返答をされると、信用するどころか、バカにされている気がして不快すら思いかねない。お客様からしたら「自分は素人、あなたはプロ」だと思って会話しています。お金を払って相談しているのに、素人の言っていることをカタチにするだけなんてありえないと思うことでしょう。
 
私の周囲にもそういう営業さんはいる。決して、悪人ではないのだが、「言われたことをカタチにしました」を連発されると辟易としてしまう。それだけに、弊社の社員さんは、お客様に対して「言われたことをカタチにしました」という接客だけはして欲しくないと、切実に思います。
 
間違いを恐れず、勇気を持って「相手の希望に思いをはせた、一歩踏み込んだ提案」をして欲しい。その熱心さが、きっと相手に伝わるはずだ。