理想とは現実可能性

たま~に
「森田さんのおっしゃっていることは理想ですが・・・」
みたいなことを言われる。
 
現実的ではない、と。
 
「理想」ってそもそも現実可能性が低いものだと思う。
 
現実可能性が低いからといって
目指すことすらやめてしまったら
永久に理想には近づかない。
 
確かに、客観的にみたアドバイスを下さる人は尊いし
独善的にならないように耳を傾けもします。
でも!
現実可能性が高い=どこかの成功例のパクリ
を提案してくる人は発展的ではないし
逆に先細りの将来へと私をいざないます。
 
実績のあるものに頼ってみんなが成功するなら
経営者など不要なんじゃないかなぁ。
どこかの勉強会に参加してパクりゃいいんだから。
 
そもそも「みんなが全員成功して幸福になる方法」など
今の社会システムではありえないと思う。
有限のものの取り合いなんですから。
だから「成功例の実績」は「参考」にはできますが
決して「理想」にまで昇華することはできない。
 
理想を追っているときって不安です。
実績がないから。
理想を追っているときって孤独です。
周囲は巻き込まれたくないから。
失敗したら「ほれ見たことか!」と馬鹿にもされるでしょう。
だからみんなパクる側に回りたい。
 
でもね
ずいぶん前のブログにも書きましたが
理想に向かってもがくことが重要であって
そこに成長や活路があると思っています。