2019年12月12日

インターネットの世界が人間関係と情報の伝達方法を昔に回帰させている

SNS・フリマアプリ・くちこみサイト・サブスク

インターネットの世界で、ここ数年で急拡大したのは、SNS・フリマアプリ・くちこみサイト・サブスクではないだろうか。そして、私はこれらを活用すること=昔に回帰している、と思っている。
 

近い人間関係がなせる

上記のようなインターネットの活用方法がないころの、20年ぐらい前は、人間関係が希薄で、情報も「伝え手」が不特定多数にまとめて、一方向で撒き散らす、マスコミ最強時代だったかもしれない。
 
しかし、それよりももっと前の50年前はどうだっただろうか?依然として、マスコミは強かったかもしれないが、近所づきあいなどの人間関係も、20年前よりは50~60年前のほうが密だったのではないだろうか?お醤油が足りないからお隣から借りてくる感覚だ。地域の情報はクチコミ(信頼できる相手から会って情報を取得する)だったり、不要なものは交換し合ったり、さらに昔になると、テレビがある家に集まってテレビを観るような、共同所有の関係だってあった。
 
つまり、ずーっと昔は、近い人間関係がなせる方法で、物々交換&情報交換をしていたはずだ。しかし、中途半端に社会が整理されて、人間関係が希薄になり、でもそれを埋めるインフラ(インターネット)が整備されていなかった次代は、人間関係を介さずに取得できるテレビ、新聞、雑誌などのマスコミの情報ぐらいしか、情報取得ができなくなってきた。私はそのまっただなかの世代かもしれない。
 

仮想的に人間関係が近くなった

インターネットがなかったころの時代と同じように、仮想的に近所づきあいができる方法を得た現代では、50~60年前と同じような状況になっている。方法が「会って情報を得る」のか「インターネットを介して情報を得る」違いだ。インターネットで、仮想的に「会っている」感じになって、会ったころもない人を発信内容を根拠に「信頼できる人」と決めている。違いはそれだけで、大きくは、昔に戻っているのだ。
 

さらに進んでいる

しかし一方で、インターネットの情報も、ステマや恣意的な情報操作がどんどんと流れ出し、いったい何を信じればいいのか?また希薄な人間関係の時代に戻るのか?という選択を迫られている。そこで最近は、リアルイベントやリアル店舗が見直されている。やはり会って、実物を見て、体験したい。そんな要望が増しているからこそ、リアルに回帰している。そっちに進んだのだ。
 

仮想体験がたくさん提供されるがゆえに

我々世代は、ちょうど人間関係がどんどん希薄になっていく過程で育った。だから「いまさらリアルイベント?」というミスリードをしてしまう。我々より上の世代はリアルイベント世代。大阪万博世代だ。だから、そこから離れていく過程で育った我々世代にはリアルイベントにピンとこない人も多い。しかし、今は、状況が違う。何が違うのか?それは、ある程度の情報収集をインターネットでしたうえで、リアルイベントに参加している状況、だ。自分が望む情報を、得たいときに、選んで得ることができる今の時代では、リアルイベントは、その延長線上の満足を担保するために、必要なことなのだ。
 
仮想体験がたくさん提供されるがゆえに
●たくさんの情報に触れられる
●リアル体験をしたい!と望む
 
こういったほうが分かりやすいのか。昔のように得られる情報が限られた時代なら、知ることもできず生まれもしなかった欲求。マスコミから一方的に放たれた情報ではなく、自分で探した情報だから、バンドワゴン(みんなが行くから行く)ではなく、よりパーソナルに深められた欲求が新たに誕生したとでも言うのか。なので、総花的な内容よりも「好きな人は行く」ぐらいの、よりディープなイベントのほうが、参加者の欲求をくすぐる。新しい欲求に答えていることになるからだ。
 
そして何より!リアルは盛れないので信頼ができる。人々の「信頼できる情報は見ること・体験することだ」という真の情報探究心が高まっているのだと思っている。
 

結婚式の情報戦略は古い

しかし、結婚式に関する情報提供は、、、古い。古きよき、マスコミのにおいがする。ことさらに、おおげさに盛って素敵さをアピールしたり、リアルな結婚式からはほど遠いようなキャッチコピーが並ぶ。確かに、結婚式は夢があふれていないといけない。でも、それはリアルもそうでなければならないはずだ。なのに「あれは広告だから」といわんばかりに、現実とギャップがあるような気がする。結婚情報誌も、結婚式を運営する人々も、それに麻痺しているようにみえる。その胡散臭(うさんくさ)さが、実施率を下げている。
 
だから、私は「リアルに夢を添える」ことを追求している。リアルに夢を添えても、盛った夢よりも物足らない感じがするかもしれない。でも、それしかできない。