2020年11月20日

手間がかかれば素敵なものが生まれる、わけではない。

「素敵なものを作るためには手間がかかる」
 
わけであって
 
「とにかく手間をかければ素敵になる」
 
わけではない。
 
不必要なことやただの非効率なことを「手間をかけている」というのは、間違い。
 
何が必要で、何が不必要か?
もちろん人それぞれだが、そこを一生懸命考えて、取捨選択をしたうえで、必要だと思うことに徹底的に妥協せず手間をかけなければ、素敵なものは生まれない。
 
単なる非効率=丁寧
ではないから。
 
効率って言葉にはトゲがあるから、そこから離れたら、本質に近づくとか、素敵になるとか、丁寧な仕事になるとか、そういう安易な考えは薄っぺらい。
 
もし非効率な人間が素敵ならば、段取りが悪い、物覚えが悪い、遠回りな人間であればあるほど素敵を作り出すことになる。そんなわけはない。
 
私が思う素敵を作り出すクリエイターは、考えてか、天然かはおいておいて、譲れない点に対しては効率は考えないが、それ以外のところは本当にバッサリと切り捨てているような気がする。仕事だから、締め切りとか色々あってそうせざるを得ないのだろう。だからこそ、譲れない点にちゃんとフォーカスした仕事をしている。それが「丁寧な仕事」と言えるのではないだろうか。
 
締め切りを無視して、踏まなくてもいい工程を経由して「手間かけました!」と言われても、それは自己満足であって、サークル活動ではないのだから、、、ね。
 
私から見たらどうでもいいことに必死になって、闇雲に手間をかけ、もっと基本的な大切な部分を見過ごしている若いクリエイターにちょっと辟易とした、最近。