先輩にほめられた言葉って覚えているものです

昨日、クイーンの記事を書いたら、大学生時代のバンド活動の思い出がよみがえった。
 
私は高校までは体育会系で、文化系の活動は一度もしたことがなかった。音楽は聞くことがあっても、演奏しようとは決して思わなかった。
 
しかし大学入学をしたとき、たまたま同じクラスになった友人が軽音楽部に所属しており、誘われるがまま入部した。今考えれば、どうして音楽活動をしたいと思ったかも分からない。
 
入部したてのころは圧倒された。絶対音感がある人。音楽を聴きながらリアルタイムで採譜できる人。複数の楽器をどれも高いレベルで演奏する人。周囲は子供のころから音楽に慣れ親しんだ人ばかり。かなりガチの軽音楽部だったので、バンド間のライバル心もあり、みなスキルアップに日々、切磋琢磨していた。「サークルみたいなもんだろ」と高を括って入部した私は、完全に面食らった。
 
私は楽譜もまともに読めない。楽器も持っていない。エレキギターを手にしたこともない。そんな状況だったため「間違えたかも」と思った。でも友人に誘われている手前、少しずつ練習を始めた。
 
音楽理論などまったく分からないどころか、ドレミファソラシドもスムーズに弾けない。でも、ギターという楽器のなんとも言えない反応に、少しずつ引き込まれて没頭していた。気がつけば1日4~5時間は練習するようになった。
 
それでも、猛者ばかりの部だったので、そうした人の前でギターを弾くのが怖かった。素人のくせに恥をかくのが嫌だったのだ。
 
ある日、私は意を決してギターを買うことにした。借り物でいつまでもやっていられない。自分の手に一番なじむものを一生懸命探し、出会ったのが、昨日のブログにも書いた「スタインバーガー」というギターだった。ただ、このギターは40万円ほどする。2年ローンを負い週6のアルバイトで返済した。やめられない状況にして練習した。
 
素人が高級ギターをもっているわけなので、意地悪なバンドからは馬鹿にされた。「腕もねーのに楽器だけは・・・」みたいな陰口を、微妙に聞こえるように言われたこともある。でも、その悪口を言っているバンドは確かに部を代表するぐらいの演奏力があった。だから、何も言えなかった。
 
ギターというのは不思議なもので、最初はぜんぜん弾けないのですが、それでもなんとなく続けていると、ある日「あれ。この曲弾けてるわ。」というのに気づく。私見ではあるが同じ弦楽器でもベースは「最初のハードルは低いが、その後すぐに高いハードルが待っている。」感じで、ギターは「最初のハードルは高いが、その後はなだらか。」みたいな感じだ。
 
多少の演奏力が上がっても、我々が部の底辺のようなバンドであることに変わりはなかった。バンドメンバーは口には出さなかったが、明らかに私が足を引っ張っていた。口に出さない優しさが逆にキツかった。2年生になると新入生が入部するのだが、自分が1年生よりも下手だと認識したときには、本当にがっくりした。
 
それでも続けた理由は、やさしい先輩の存在だろう。練習の後、ご飯を食べに行ってくれたり、アドバイスしてくれたり。特にプロになれるレベルの先輩は格段に寛大だった。余裕があるのだ。圧倒的に実力が「上」の人間というのは「下」の人間に手を差し伸べるものだと知った。微妙な人間ほど、ちょい下の人間を蹴落とそうとする。そう思った。しかも、部でいちばんギターが上手いと思った先輩は、いちばん寛大な人で、私が何をしても「それが森田の味だわ」と笑顔で言ってくれた。その先輩はハーバード大学の院に進学された。どこまでスーパーなんだ、と思ったものだ。
 
なかでも忘れられない思い出がある。大学3年生のときだ。当時の名古屋大学の軽音楽部は、夏に長野県で合宿があった。1週間ぐらいだったか。バンドごとに3曲ほど課題曲を決めて、合宿の間に仕上げ、最終日に発表ライブをする。スタジオが何棟も建ち並ぶ宿で、好きな時間に好きなだけ練習できる。音楽漬けの日々だ。
 
最終日前日。我々のバンドは、課題曲がほぼ仕上がっていたので、早々にスタジオを切り上げ、お酒を飲んだりしゃべったりしていた。しかし、私はお酒が飲めないし、いちばんキャリアもないので、一人でスタジオに行き練習をしていた。しかし、1週間同じ曲をやるとさすがに飽きてきたので、個人練習でよく演奏をしていたLoudnessの「IN THE MIRROR」という曲を弾いていた。時間は夜20時ごろ。田舎なので爆音で練習しても問題ない。いつもは自分の部屋でヘッドフォンで練習している曲も、爆音で演奏すると快感で、一人で夢中で弾いていた。
 
そこに2コ上の院生先輩ギタリストが、いきなり部屋に入ってきた。そして開口一番「今、ラウドネス弾いてたの森田!?お前むちゃくちゃ上手くなったじゃん!」と言ってくれたのだ。
 
その先輩はみんなで酒を飲んでいたのだが、スタジオからラウドネスが聞こえたので、誰が弾いているのかを確認しに来たと言う。その先輩と一緒にバンドメンバーも拍手しながらスタジオに入って来た。その後は、課題曲を演奏し先輩に見てもらった。アドバイスをもらったりして楽しい時間だった。
 
私はあの「今、ラウドネス弾いてたの森田!?」という言葉を一生忘れないだろう。その言葉を聞いてスイッチが入り、以後は自信を持ってライブにも出られるようになった。そうなると、不思議なほど上達した。世界中のトップギタリストの高難度曲に、次々と挑戦したいという欲もでて、さらに練習時間が増えた。積極性が増したのだ。
 
この言葉は、半分酔っ払った先輩が何気なく発したものだ。本人は忘れているだろう。でも、私は忘れない。私に自信を持たせようと意図的に発した言葉ではなく、「お!」と思って咄嗟に出た言葉ゆえに、心に響いた。それまで部に所属していること自体に劣等感を感じていた私には、心の壁のようなものがあった。でも、その一言で壁が取れてしまって、四肢を伸ばすように開放的な気持ちで、音楽を楽しむことができるようになった。入部して3年もかかったが、すべてが報われた。
 
何気ない一言が、人間を大きく変えてくれる。自信を持たせてくれたり、逆に傷つけてしまうこともある。だから、先輩の立場の人は、後輩が上達したり、何かで成果を出したら声に出して褒めてやって欲しい。周囲には分からないが、後輩は自信を失い劣等感に包まれているのかもしれないから。自分が言った言葉ぐらいで、後輩に自信をつけられるほど影響力なんてない、なんて思わないで欲しい。あるから。必ず。
 
ましてや「自信」というのはなかなか自分では付けられない。「自信」とは、他者、特に先輩から付けてもらうものかもしれない。先輩の一言が、一人の後輩の自信につながることを忘れないで欲しい。自信を得た後輩は、欲がでて積極性が増し、自分で進みだす。それが成長なのではないだろうか。後輩を育てられない先輩は、おそらくこの何気ない褒め言葉が、圧倒的に少ない、もしくは皆無なのだと思う。